マイナ保険証とこれからの労務の話(3)
マイナ保険証は個人の受診環境だけでなく、企業の役割にも静かな転換をもたらしています。
企業は長い間、行政と個人の間に立つ「庄屋」のように、資格取得や喪失、扶養認定、保険証の配布・回収、給付申請の案内など、行政が本来個人と直接やり取りすべき事務を担ってきました。
しかし今、行政側が個人に直接サービスを提供する仕組みが急速に整いつつあります。マイナポータルを通じた手続や情報照会、医療機関でのオンライン資格確認、税務署とのデータ連携に加え、協会けんぽでも令和8年1月から、各種給付申請を本人または社労士がオンラインで提出できる電子申請サービスが始まる予定です。企業はこのサービスの対象外であり、裏を返せば、従業員本人が自分で行うことを想定した制度設計になっています。
この流れを企業が活かす鍵は、従業員にマイナカードを保有してもらうこと、マイナ保険証を登録してもらうこと、そしてマイナポータルを使いこなしてもらうことです。行政はすでに「マイナを使うのであれば、企業に預けていた事務を行政側で引き取る」と明確に示し始めています。従業員が自分で確認し、必要な申請を直接行えるようになれば、その分だけ企業の労務事務は軽減されます。
私はこの流れを「労務の大政奉還」と捉えています。
企業が「庄屋」の役割から一歩ずつ離れ、人材育成や組織づくりといった「人事」に力を注げる環境が整いつつあるからです。制度には課題もありますが、行政と個人が直接つながる仕組みが広がるほど、企業の生産性向上に直結する余地は確実に大きくなっていくと感じています。



